ミリアムハスケル MIRIAM HASKELL アンティーク・ヴィンテージコスチュームジュエリーの女王

ミリアムハスケル MIRIAM HASKELL
アメリカニューヨーク(1924-継続中)

アメリカコスチュームジュエリーブランドの女王、ミリアム・ハスケル

ココ・シャネル、スキャパレリらと同時代を歩み、現在も高い人気を誇る世界的ブランド「MIRIAM HASKELL」を築き上げた女性です。

彼女は1980年代に死去しましたが、ブランドは、現在も「MIRIAM HASKELL new york」として、ハスケルらしいスタイルを維持。
エレガントで、芸術的な現代ジュエリーを製造しています。

(出典NOVARESE)MIRIAM HASKELL newyorkの美しいジュエリーたち

業界では別格の存在のブランドであり、ブライダルジュエリーとしても、世界中で愛されているミリアムハスケル。

ハスケルのジュエリーは、すべて細やかなハンドクラフトでつくられ、最高のスタイルと品質を保ってきたことで知られます。

非対称で立体的な複雑な構造。
色使い・素材も洗練された選択がされており、非常に独創的です。

(出典NOVARESE)MIRIAM HASKELL newyorkのネックレス

かつて、アメリカコスチュームジュエリー全盛時代。

多くのメーカーが、「本物のジュエリーに見えるような」デザインを追求したのに対し、ハスケルは、植物などの自然をモチーフに、幻想的で芸術的なスタイルを追求していました。

 

ミリアムハスケル コスチュームジュエリー界の女王の華々しく数奇な人生

 

ミリアムハスケルは1899年7月1日、インディアナ州で生まれ。

商人の娘だった彼女が、ポケットに500ドルだけを入れてニューヨークにやってきて、ジュエリーショップを開いたのは、1926年のことでした。

彼女のショップは、ココ・シャネルなどのハイエンドジュエリーを販売するMcAlphin Hotelに入り、やがて彼女は、デザイナーであるシャネルとも交流を持つようになります。

彼女のジュエリーは、ハリウッドでも大きな反響を呼び、セレブのステイタスシンボルになりました。

中でも、大女優ジョーン・クロフォードは、ハスケルのファンとして有名で、彼女がハスケルを身につけている写真が、数多く残されています。

(ミリアム・ハスケルを身につけたジョーン・クロフォード)

ハスケルは、自分でデザインをすることは、ほとんどなかったと言われています。
彼女の才能は、その卓越したプロデュース能力と、センスにありました。

ハスケルは、世界中から素材を選別し、優秀な職人を集め、独創的な世界観を築き上げていきます。

当時、まだほとんどが男性によって成立していたジュエリー業界で、彼女とシャネルの登場は革命的であり、ふたりはまさに、夢のように活躍しました。

 

第二次世界大戦の資材不足の時期には、他のメーカーが苦戦する中、アーリープラスチックや天然素材を使用し、デザイン性の高い、素晴らしいジュエリーを発表。

ハスケルのヴィンテージアイテムは、世界的に大変高い価格で取引されていますが、この時期のアイテムも、非常に高い評価を得ています。

 

しかし、活躍の一方、第二次世界大戦の恐怖は、彼女の健康と精神に影響を与えました。

不安定な行動が目立つようになった彼女は、50歳のころから入退院を繰り返すようになりました。

24歳で起業し、アメリカン・ドリームをつかんだ彼女は、50代でリタイアを余儀なくされます。
会社を兄弟に譲り、甥の世話を受け、晩年は長く養護施設で過ごしたと言われています。

1981年、ミリアム・ハスケルは、その人生の幕を閉じました。

彼女のリタイアの一方、ブランドは、彼女の魂と名前を引き継ぎ、その後も華々しい躍進を続け、女性たちの世界的憧れとなりました。

 

ハスケルジュエリーの特徴

 

パーツはすべてオリジナル

ミリアム・ハスケルのジュエリーは、「すべてのパーツが、ハスケルオリジナル」。

なんと、ビーズパーツのひとつひとつまで、ハスケルプロデュースです。

その中でも、よく知られているパーツのひとつに、「ハスケルパール」と呼ばれる、ぽってりとしたバロックパール調パーツがあります。バロックパールとは、丸くない、デコボコとしたパールのこと。

ミリアム・ハスケルにとって、パール調のジュエリーは、シグニチャーアイテムで、ベーシックラインとして何十種類も展開していました。

当初はチェコ製のパーツを利用していましたが、第二次世界大戦後、ほとんどのパール調パーツを日本から買い付けるようになります。

日本は、戦後賠償の一環で、コスチュームジュエリーや、ジュエリーパーツを製造していました。高品質で知られ、コスチュームジュエリーの歴史においては、重要な意味をもつ国のひとつです。

日本のフェイクパールの製造方法は独特で、東洋のブレンドと呼ばれていました。

魚の鱗、セルロース、レジンなどで何層もコーティングした、細やかな仕事で製造されており、ミリアム・ハスケルで使用されたのは主に「NIKI PEARL」というメーカーのものでした。

1957年、デザイナーのフランクヘスは、来日した際、NIKI PEARLのバロックパールパーツに魅了され、1958年以降、ハスケルのアイテムに使われたパールパーツは、ほとんどがNIKIのものとなりました。

現在、ハスケルパールのデッドストックは、高値で取引され、世界中の作家がハンドメイドアクセサリーに利用していますが、実は元は、日本で作られたものだったのですね。

すべてハンドクラフト、職人気質

ハスケルジュエリーは細部にいたるまで、オール手作業で製造されています。

パーツの接続にも接着剤は使わず、すべてワイヤーもしくは半田付けで繋がれているのも特徴のひとつ。
職人の手によってひねりを入れるなどし、3Dの立体的なデザインに組み上げられており、どの角度から見ても美しい作りになっています。

工場で、機械を使ってアクセサリーを製造できる時代にありながら、すべて手作業にこだわっていたハスケル。彼女自身の職人気質がうかがえます。

実際、彼女はジュエリーを名前ではなくクオリティで選んでほしいと考えたといわれ、初期のアイテムはunsigned。刻印を入れていません。

1940年代までは、ペーパータグが使われていました。

(当時の広告)

 

ヴィンテージミリアム・ハスケル 偽物の見分け方

 

ミリアムハスケルは初期のアイテムに刻印がないため、残念ながら時折、偽物が見られます。
その一部は、当時技術の高かった日本で作られたとも言われています。

見分け方としては、ハスケルは、すべてワイヤーと半田付けでクラフトされていたため、接着剤を使用している場合は、偽物の可能性があります。しかし、オーナー自ら修繕に接着剤を使用したとみられる場合は、その限りではありません。

また、ハスケルのパーツはすべて厳選されたものだったため、パーツのクオリティが部分的に低い、色合いが合っていないなどの場合、偽物の可能性があります。

50年代以降は刻印が入ります。

InstagramやPinterestなどを駆使して、同じアイテムを探して、比較するというのも良い手段です。多くのアイテムが、世界中のコレクターたちによって、画像で公開されています。

また、ヴィンテージミリアム・ハスケルは、専門書も販売されているので、参考にすることもできます。

 

ハスケルに限らず、ヴィンテージアイテムを入手したい場合は、経験の豊富なセラーから購入することも重要です。
偽物を販売したセラーは、多くの場合、インターネット上で検索をすると、そのことが指摘されています。

購入者が「偽物である」と誤解してしまう場合もありますので、レビューで指摘されているからといって、良心的ではないセラーとは限りません。ですが、ひとつの指針になりますので、必ずチェックし、気になる点がある場合は、購入前にメール等でセラーに確認しましょう。

 

ミリアム・ハスケルを購入するなら? オススメショップや関連リンク

 

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また、ブライダルジュエリーに関しては、一部ブライダルショップでレンタルが行われています。

MIRIAM HASKELL NEW YORK 公式ホームページ
※英語になります